Q23 「老い」をどうとらえたらよいのですか?

  A23:クリスチャンにとって、死は決して「敗北」でも「喪失」でもなく、   むしろ反対に「勝利」であり、永遠の命の「獲得」です。だとすれば、老い    もまた「喪失」ではなく、むしろその「準備」に生きる希望の時です。

     「老い」の苦しみとは、何かを失う「喪失」の苦しみです。体力を失い、聴力・視力を     失い、記憶力を失い、職業や社会的地位を失い、それと共に、友や親兄弟、ついには最愛     の伴侶までも失います。      しかし、失うものは何なのでしょうか。それは「外なる人」です。体力も聴力も視力も、     記憶力も職業も社会的地位も、みな「外なる人」です。      しかし聖書は言うのです。     「たとえわたしたちの『外なる人』は衰えていくとしても、わたしたちの『内なる人』は     日々新たにされていきます。」(コリントの信徒への手紙二、4章16節)      「内なる人」の核には、御国への希望があります。この希望があれば、日々前向きに生     きることができます。会社で活躍するばかりが能ではありません。家庭の中でも、近所で     も、教会でも、自分を必要とする役割は沢山あります。そのためには、今までの価値観や     生活様式の転換を思い切ってする必要があります。何よりも、思い煩わないことです。     ユーモアを持ち、赦しと和解、感謝の表明をすることです。命がある限り、その人には役     割があります。自分にはどんな役割がまだあるか。これが生き甲斐に直結します。      このように、信仰を持ち、感謝と希望に生きるならば、大切な友人、伴侶、親兄弟を失     った悲しみも、やがて、天国で再会できる希望へと変えられるでしょう。