『証』とは、事実あったことに基づいて語られたものです。
  単なる体験談と違うところは、そこに神の恵みがあったと感じたときに、証がなされていることです。   失敗や過ちが飾らずに告白されているのも、それらを通して神の恵みが働いていたと受け止めること   ができたからです。   また、成功談も、やはり自慢話ではなく、神にご栄光を帰して語られています。   そのような気持ちでお読みになり、皆さまの求道生活や信仰生活のお役に立てて頂ければ幸いす。

       *** 証し V ***       Y.A姉
 どうしたら少しでも人格的に高くなれるだろうかと、この教会に通うようになるまでは思っ ておりましたが、人間としての人格の頂点は信仰である、と今は思っております。  私の母方の先祖は鳥取県に3つある神社の中、阿部神社というところで代々神官をしていた そうですが、祖父の父は文学者、祖父は官吏で、神官ではありませんでした。しかし、祖父は 長男を第二次大戦で失っていますから、そのためと、先祖のために、10年祭とか、30年祭、 50年祭などの行事を祖父母の家に集まってしてきました。神主さんが手渡してくれる榊の葉 を供える儀式を小さい時から経験してきました。そのせいか、日本の国は四季折々の自然が大 へん美しいし、清らかな水が豊富で、非常に恵まれた自然の中で育まれてきた「神道」という 古代からの日本固有の宗教に私も愛着を持ってきました。形式的な儀式をやるだけで、むずか しいことを言わず、お祝いの時などにはよく合う、と思ってきました。    しかし、私の母は私を小学生の時は近所の日曜学校に参加させたり、中学・高校は、毎朝礼 拝をする学校に入れて学園長のよいお話を伺うことが出来ました。週に一回の男子部・女子部 合同礼拝では、讃美歌が混成コーラスとなり、男子部の地から響くようなバスとテノールが入 ると、気持ちも高まるような美しいハーモニーでした。    この教会へ来ます動機というのも、ある先輩に当たるお友達がいい教会を捜していらっしゃ り、私も今までに誘われて二、三教会には行ったのですが、心を満たされる教会に出会えない で居りました。    そこへTさんから偶然のようにお葉書が届いて、伝道礼拝に来ないかというお誘いでした。 主人と私の両方の宛名になっておりました。私は主人がいやがったら行かないつもりで居りま したが、主人は自分の名前で来ているからと思ったのか、出掛ける支度を始めました。それで 美竹教会へ初めて足を運んだわけですが、今までに伺った教会にはない、自然と調和したよう な、飾り気のない雰囲気がとても心を落ち着かせて下さいました。それで先ほどの先輩に当た るお友達に「昔のように讃美歌を歌うだけでも教会に行かない?」とお誘いしたら「そうね!」 と嬉しそうにおっしゃって、一緒に伺うことになりました。その方も「この教会なら行きたい わ。静かでいい。」とすっかり気に入って、二、三度ご一緒でしたのですが、その後ご病気が 悪化して外へ出られない状態となり、残念ながら今はいらして居りません。    私はその後礼拝に出させていただき、最初は余り真剣ではなかったのですが、何回か上田先 生の説教を伺ううち、これは一回でもお休みみをしたらもったいないという気持ちになってき ました。過去において逆境に忍耐強くはしたものの、一生赦せないだろうと思っていたことが らが、いつの間にか氷が溶けるように気持ちがとけて、人を憎んだり恨んだりすることがなく なりました。頭でこうしなくてはと考えた訳ではないのですが、自分の内面が次第に変わって 来たのです。そして、さらに昨年9月から9回にわたって『ハイデルベルク信仰問答』にした がって上田先生との勉強を通して、今まで知らなかった大切なことを沢山教えていただきまし た。    キリストが、最も重い大罪人が受ける、みにくい、苦しい十字架のはりつけの刑によるはず かしめを受け、息絶えて、墓にまで入れられ、三日目に死人の内よりよみがえり、四十日間地 上に居られて弟子たちのところに現れて、話をしたり食事を共にしたりなさったとのこと。弟 子たちはそこで初めて事の重要性を思い知らされ、福音を宣べ伝えるために方々へ出掛けて行 った、迫害も多く受けたとのこと。    神のご意志をすべて成し遂げられたキリストは、第一〜第九の天があり、「諸々の天を通っ て」神の右に座し給うた、というところが、私の最も好きなところでした。    十字架上で成就されたキリストの犠牲が、他人事ではなく、他でもない私自身のための罪の 贖いであると教えていただき、感無量でした。    今後は許されることならば、生涯美竹教会で神のみこころを学んで行きたいという思いで居 ります。神の御恵みの中で心の安らぎと幸せを覚え、心から感謝いたして居ります。        *** 証し U ***       H.Y姉
 私は生まれた時から体が弱く、小学校の頃は養護学級で学びました。30代で悪性関節リュウ マチを発病して今日に至るまで体のどこかの痛みと戦っています。  さらに、50代では脳梗塞になり言葉がスムーズに話せなかったり、左手のケイレンが後遺症 として残り、その上、脳幹に動脈瘤があり血管が狭窄して破裂予備軍と言われています。「怖 くないか」とよく聞かれますが、恐怖で眠れぬ日もあります。  しかしその様な時いつも神様と真正面に向かい会え、確かな恵みのわざを感じる事が出来る 事を知りました。  神様の御手は強く、自分も又必死で神に近づきたいと願い聖書を読む事が一生懸命になり恵 みが増し加わる様な不思議な幸福感に包まれるのです。  その時は、決して背かず生きて行こうと心から思うのです。が、体が楽になったりすると、 感謝の気持ちを忘れてしまい逆戻りの生活をしてしまう価値のない自分があります。  この世のものに頼ろうとしている自分です。  その弱い私に神は、「ホセア書11章」を与えて下さいました。出会ってから何度も衝撃を与 えられました。  愛され、育てられ、御手に導かれて来たイスラエル。かたくなに神に背いていると書かれて います。神は背いたら助けないと言いつつ、「お前を見捨てる事が出来ようか」と8節で言わ れています。背いた者など赦す事など出来ないと思っていた神様が呻く様に「私は激しく心を 動かされ、憐れみのために胸を焼かれる」と言われるのです。 イスラエルのために、、そして私のために、胸を焼かれる程の思いを持って下さっている、神 、突き刺さる様な御言葉でした。  それは、自分の過去も、現在も、未来も全部変えてしまう「生きよ」との意味を確かなものに してしまう神様との新たなる出会いであると信じます。  その憐れみの思いが、胸を焼かれる程の思いが、イエス様の十字架に実現している事を思う 時受難週を憐れみに生かされて、導かれながら、迎えたいと、心から願っています。60歳、人 生も最終章の助走に入ったと思っている今、証しを感謝します。        *** 証し T ***       T.H姉
私は、2001年12月息子の突然の死に直面した時に、ただひたすらにクリスチャンではな い息子の魂が、主イエスの父なる神に迎えられますようにと祈りました。 その時、この世の最も大きな不幸といえる中にいる自分が、神の平安に守られていることを覚 え、その不思議さに驚き感謝し続けています。 同時に、これはどういうことなのかと、そのお答えを求め続けて今に至っています。 その後、2003年10月には30年来の親友であるアメリカ人の友達が、33才の娘を亡く しその悲しみと苦しみを乗り越えようと私を訪ね、2週間の生活を共にしました。教会も共に 出席しました。又、毎晩遅くまで話し合い、私はその時、初めて神の平安というものを自分の 言葉で人に伝えなければならない役目を持ちました。その結果、何かが彼女に伝わり帰国の前 夜、突然彼女が変わりました。そして「登美子がそういう思いになったのは、あの教会に行っ たからか?」と聞きました。その時、私自身は彼女が平安にみちびかれたことが何であったか わかりませんでした。でも彼女は晴々と帰って行きました。 私が自分の病気を知ったのは、友人が帰って2ヶ月後でした。 可能な限りの検査をしても、直径約9センチと5センチの2つの大きな腫瘍が、良性であるの か悪性なのかの診断は不可能でした。それは手術によって臓器を取り出し開腹中にする迅速病 理検査によってのみその診断が可能でした。 手術が良性なら約2時間、悪性なら約4時間と知らされていましたので、麻酔から醒めて真先 に確かめた時間によってすぐに悪性であることがわかりました。その時、この結果を静かに受 け入れた瞬間をはっきり憶えています。 術後の経過は非常に順調でしたが、術後10日目から始められた抗がん剤の治療は多くの強い 副作用を伴っていました。私の場合、最も困難であったのが食事です。味覚障害は病院の食事 を完全に受け付けなくなってしまいました。食事は薬物の治療と共に非常に大事です。すでに 白血球は極端に減少し、免疫力が無くなっています。「何でも好きな物を食べるように」と言 われ、遂に全食事を自分で用意することにしました。何をどれだけ食べたかを厳しくチェック されながら本当に苦しい努力をしました。 そんなある日、“病気なのは私の体であって魂ではない。今私の魂は健康で何でも受けとるこ とが出来る。私の体は今この健康な魂の最善の介護を受けている幸いな体である”と強く感じ ました。 私はこの時、魂というものがこんなに肉体から独立して存在していたかを知りました。そして その時、肉体との境を鮮明にした新しい魂に、かつてない透明さと確かさで、自分が神に造ら れ神の絶対的な御支配の中に生かされ守られていることが知らされました。このことは、自分 中心の時間から、神中心のご支配の中に招かれたことであり、そこには限りない平安と自由が あることを経験しました。 私にとってこの病気は始めて神の平安を祈り求める出発点を与えられた掛け替えのないもので した。 病気中、皆様からいただきましたお祈りとお励ましは、今もそのまま私の中にあり、私はその 暖かいお心に包まれながら生きて行けることにただ感謝です。本当に有難うございました。